2008.06.02 (Mon)
美しい死
今週末、クリスのぶどう栽培仲間が主催するお祭りに参加してきました。お祭りと言っても、村祭りというようなこんじまりしたアットホームなお祭り。ワインカーブでもあるTour de Pierre(石の塔)の元にみんなで集まって飲み食いし、ワインの出来栄えを語らうというものです。夜までいたら、ダンスパーティがあるらしい。
クリスのぶどう栽培仲間が、今日はお肉を焼いたり、ケーキを焼いたり、飲み物をサービスしたりと、給仕に徹していました。
スイスのこういったお祭りでは、たいていソーセージが主役。
シューブリングという豚のソーセージか、白い子牛のソーセージがあります。
私達は、クリス、クリス姉妹、姪っ子シャルに甥っ子チボー、アトスおじいちゃんとで席を陣取り、さっそく彼らが焼いたソーセージやお肉をほおばりました。
この日のチボーはおとなし気味。
お昼寝の時間にかかっていたようです。
シャルは、相変わらずのお転婆ぶりで、仮説テントの中を走りまわっていました。

この日の催しでは、もう通る人、前後に座る人、みんなが知り合いです。
日本のように遠くから頭を下げるだけでは済まず、知り合いに会うたびに握手を交わし、ほっぺにチューの挨拶を交わします。
全員の挨拶を受けるのは、結構大変

私は相手を知らないが、相手は私を知っているというパターンも多く、狭い村社会にちょっぴり苦笑い。

さて、私達のテーブルには、隣の畑でぶどうを栽培しているジョゼットがやってきました。
彼女は旦那さんを数年前になくし、今は自分が主にぶどう畑の世話をする傍らお婿さんを仕込んでいるしっかり者。
その彼女と世間話をしていたら、彼女の義弟の話になった。
つい最近亡くなられ、彼女の妹が落ち込んでいると。
彼は水上スキーをしていて、心臓発作で亡くなったらしい。
スキーを終え、陸に上がろうとして、心臓が止まってしまった。
妹の方は、昼食を作って待っていたのに一向に帰ってこない夫にしびれを切らし、探しに行ったところ、夫は病院の霊安室だと言われ、ショックを受けたそう。
それを聞いたテーブルのメンバー。
日本なら、同情や哀悼の意を見せ、妹さんへの慰めの言葉を口にするところだ。
ところが、この話を聞いた一同。口々に、
「Belle mort (美しい死)」だと言った。
苦しまない死。
病気でもなく、殺されたわけでもない。
自分の好きなことをしながら、心臓が止まってしまった死。
これこそ、「美しい死」なのだ。
病気に侵されながら、病院のベットでじりじりと死を待つのは辛い。
例え寿命が多少短くなる危険性があろうと、むしろ病気と共に生き、自分達の生活を続ける方を選ぶスイス人。
スイス人の底力を感じました。
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クリスパパも「美しい死」をされた人。
クリスは、そのことを自慢そうに話していました。
でもエンジョイした後に気持ちよく亡くなったとなるとやっぱりまた違うんでしょうね。
私も願わくば事故(飛行機が落ちるのが怖い)や殺されるとか病気で最後を待つっていうのだけは避けたいです。
タイタニックじゃないですがせめて老人になってから 『お休み』 と言って寝ながら逝きたいです。
ワインの出来具合を話しあうってことはやはりワインを飲みながらってことですよね???ワイン好きの私には羨ましい限りです。
美しい死
どちらも、興味深く読ませて頂きました
ありがとうございます
4月から次女が一人暮らしを始めて
最近、夫と話す機会が増えました
死について語り合うことも多いです
これぞ、天寿なのでしょうね。
でも、病気の多い現代社会。
なかなか老衰は難しいですよね。
病気と共に生きるスイス人は、死と前向きに付き合おうとする姿がうかがえて、頼もしいです。
本人は「美しい死」ですが、残された者は辛いですよね。
妹さんは、まだこの事件から立ち直られていないそう。
昼食に戻らなかった夫。
彼の死をまだ受け入れられないみたいです。
当たり前ですよね・・・。
話す事って、大事ですよね。
私も我が相棒と、できるだけ会話しようと思ってます。
みんながそのように死ねるわけではないのできっとその方は
生前の行ないが良かったのでは。
私だったら美味しいものを食べた後死にたい。
でももっと食べたくて死に切れないかも。
でも、なんか分かるナ。
悲しい時とか、辛い時、おいしいものを食べたら、すっごく幸せになれるもの。
でも最近読んだこっちで出してる日本タイムズみたいな小さな雑誌によると、日本の著名人は死ぬならがんで死にたいという人が多いとか。なんでも死の宣告を受けてから死ぬまでの間にやっておくことをやってから死ねる、お別れを愛する人たちに告げてからいくことができる、、、からだそうです。
ええええええ?っと私は思ったんだけど。
まじですか!
がんで死にたいなんて・・・。
確かに死ぬまでの期間が予測できますけど・・・。
じゃ、最近は告知するのが主流になってきたのかな?
がんで死ぬなんて、痛いだろうし、治療は辛いし、私はぜったいイヤです〜!!!
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日本では100歳ぐらいの長寿で死ぬと「お祝い」する地方もあるそうですね。天寿をまっとうした、というのは素晴らしいことだと。うちの曾祖母も90数歳でなくなったけど、お葬式は「天寿をまっとうして、長生きしてよい人生だったね」でした。